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複素数と論理(学問基礎数学コース演習) No.1

「花は桜木、人は武士」などという言葉があるけれど、 数学者にとって数といえば複素数、関数といえば複素数値関数である。 少なくとも実数値関数の範囲では不便で、 フーリエ変換のような基本的な道具は 複素数値関数の範囲で初めてキレイに扱える。

\fbox{定義: 数学の基本的なルール}

この講義では実数の定義と諸性質については既知とする。 実数体上の線形代数の初歩も仮定しよう。 実数の全体の集合(実数直線)を $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$ と書く。

複素数の定義にはいろいろな方法がある。 現代数学では(と言ってもたっぷり100年以上前から) 数それ自身にしても、その和や積にしても「自然に与えられた」とは 解釈しない。人間が自分たちで決めるのだ。 ただし、一回決めたらそれは守らなければならない。 日常生活の、時刻あわせの例などを考えてみるとよい。

つぎのようなことをやりたいのだが:

定義 1.1   $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$ に、$ J^2=-1$ を満たすような数 $ J$ を付け加え、加減乗除が そのなかでできるようにした集合を $ {\mathbb{C}}$ と呼ぶ。

この定義は明解ではない。(ただし、代数学IBで環の理論を勉強した後ならば 正当化できる。)

初級の段階で明解な定義をするためには、次のような方法をとることもある。

定義 1.2   実数 $ a,b$ にたいして、

$\displaystyle (a,b)_{\operatorname{complex}}=
\begin{bmatrix}
a& -b \\
b & a
\end{bmatrix}$

の形の二次行列(と同じものだが区別するためそのコピー 1) を複素数と呼び複素数の全体を $ {\mathbb{C}}$ と書く。

この講義ではこの定義を採用しよう。 この定義では複素数の和、積はまだ与えられていない。 現代数学では(と言ってもたっぷり100年以上前から) 数それ自身にしても、その和や積にしても「自然に与えられた」とは 解釈しない。人間が自分たちで決めるのだ。 ただし、一回決めたらそれは守らなければならない。 日常生活の、時刻あわせの例などを考えてみるとよい。

補題 1.1   複素数の和と積を、行列の和や積で定義すると、それらはまた複素数であり、

$\displaystyle (a,b)_{\operatorname{complex}}+ (c,d)_{\operatorname{complex}}=(a+c,b+d)_{\operatorname{complex}}
$

$\displaystyle (a,b)_{\operatorname{complex}}\times (c,d)_{\operatorname{complex}}=(ac-bd,ad+bc)_{\operatorname{complex}}
$

本来、数の和や積を勝手に決めたからと言ってそれがよい計算規則を 満たすとは限らない。ところがこの講義での定義は行列の演算を 流用しているので、ある程度の計算規則をみたすことが自動的に保証される。 次の補題にまとめておこう。

補題 1.2   次のことが成り立つ。
  1. (和に関する計算規則)
    1. (和の結合法則) 任意の複素数 $ z_1,z_2,z_3$ にたいして、

      $\displaystyle (z_1+z_2)+z_3=z_1+(z_2+z_3).
$

    2. (0 元の存在) 複素数 $ (0,0)_{\operatorname{complex}}$ のことを単に $ 0_{\operatorname{complex}}$ と書くと

      % latex2html id marker 1029
$\displaystyle 0_{\operatorname{complex}}+z =z, \quad z+0{\operatorname{complex}}= z.
$

    3. (マイナス元の存在) 任意の複素数 $ z=(a,b)_{\operatorname{complex}}$ に対して、 $ (-a,-b)_{\operatorname{complex}}$ のことを $ -z$ と書くと、

      $\displaystyle z+(-z)=0_{\operatorname{complex}}(-z)+z=0_{\operatorname{complex}}.
$

    4. (和の可換性) 任意の複素数 $ z,w$ に対して、

      $\displaystyle z+w=w+z.
$

  2. (積に関する計算規則)
    1. (積の結合法則) 任意の複素数 $ z_1,z_2,z_3$ にたいして、

      $\displaystyle (z_1 \times z_2) \times z_3=z_1 \times (z_2 \times z_3).
$

    2. (積の単位元の存在) 複素数 $ (1,0)_{\operatorname{complex}}$ のことを $ 1_{\operatorname{complex}}$ と書くと、任意の複素数 $ z$ に対して、

      % latex2html id marker 1053
$\displaystyle 1_{\operatorname{complex}}\times z=z, \quad z \times 1_{\operatorname{complex}}=z.
$

  3. (分配法則) 任意の複素数 $ z_1,z_2,w$ に対して、

    % latex2html id marker 1057
$\displaystyle (z_1+z_2)\times w=z_1\times w +z_2\times w, \quad
w \times (z_1+z_2)= w \times z_1+ w \times z_2.
$

命題 1.1   複素数の全体は、更に次の性質を持つ。
  1. (積の可換性) 任意の複素数 $ z,w$ に対して

    $\displaystyle z w =w z
$

  2. (0 以外の元の可逆性) 0 以外の元 $ z=(a,b)_{\operatorname{complex}}$ にたいして、 $ z^\Delta=(\frac{a}{a^2+b^2}, -\frac{b}{a^2+b^2})_{\operatorname{complex}}$ と書くと、

    $\displaystyle z\times z^\Delta=1_{\operatorname{complex}}, z^\Delta\times z=1_{\operatorname{complex}}
$

    がなりたつ。

問題 1.1   次の二つのことについて答えなさい。
  1. 上の命題の「積の可換性」の部分を定義にしたがって証明しなさい。
  2. 次のことは正しいだろうか?理由を挙げて述べなさい。

    「任意の実行列 $ A,B \in M_2($$ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$ )$ に対して、$ AB=BA.$

補題1.1, 補題 1.2 と命題1.1 をまとめて、複素数の全体 $ {\mathbb{C}}$(たい)をなすという。 そこで、 $ {\mathbb{C}}$ のことを複素数体と呼ぶ。

定義 1.3   実数 $ a$ に対して、 $ (a,0)_{\operatorname{complex}}$ を対応させると この対応は1対1で、和、積を保つ。そこで今後はこの対応により $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$ $ {\mathbb{C}}$ の部分集合とみなす。 とくに、 $ 1_{\operatorname{complex}}$$ 1$ と同一視される。

補題 1.3   $ (0,1)_{\operatorname{complex}}$ のことを $ J$ と書くと、
  1. $ J^2=-1.$
  2. 任意の $ (a,b)_{\operatorname{complex}}$

    $\displaystyle (a,b)_{\operatorname{complex}}=a + b J
$

    と書くことができる。

まとめると、 $ {\mathbb{C}}$ とは $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$ に、 $ J^2=-1$ を満たすようなあらたな「数」$ J$ を付け加えた体である、ということになる。 つまり、定義 1.1と冒頭に書いたものは 定義 1.2 のもとでは定義ではなく、定理になる

数学は組み立てていくモノであるから、どこが出発点で、どのように作っていくかを 意識することが大変重要である。


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2009-01-06