線形代数学II No.5要約

今日のテーマ: 直交射影を表す行列

まずは復習から: 計量ベクトル空間 $ V$ において、

  1. 一次独立なベクトルたち $ \v _1, \v _2,\v _3\dots,$ が与えられているとする。 これらは「三角変換」(補題3.2のような「三角行列」で書けるような変換) で直交系に直せた。
    1. $ \v _1$ を そのまま $ \mathbbm w_1$ とおく。
    2. $ \v _2$$ \v _1$ の方向に歪めて $ \mathbbm w_2=* \v _1+ \v _2$ の形で $ \v _1$ と直交なベクトル $ \mathbbm w_2$ を 見つける。
    3. $ \v _3$ $ \v _1,\v _2$ の張るベクトル空間の適当な方向に歪めて, $ \mathbbm w_3=* \v _1+ *\v _2+\v _3$ の形で $ \v _1,\v _2$ と直交なベクトル $ \mathbbm w_3$ を 見つける。
    4. 同様の操作を繰り返す。

  2. さらに、 $ \mathbbm w_1,\mathbbm w_2,\mathbbm w_3...$ をおのおのの長さで割ることにより、正規直交系を得ることができる。
これがシュミットの直交化法であった。 $ \v _1,\dots,\v _n$ $ \mathbbm w_1,\dots,\mathbbm w_n$ で表す行列 $ Q$ は三角行列である。定理 3.3) すなわち、三角行列 $ Q$ を用いて、

$\displaystyle (\mathbbm w_1 \ \mathbbm w_2 \ \cdots \ \mathbbm w_n)=
(\v _1 \ \v _2 \ \cdots \ \v _n)Q
$

と書くことができる。 (なお、定理3.3 で書かれるものも3.4 で書かれるものも「三角行列」と呼ばれ、 区別のためには前者を「狭義三角行列」とよんだりする。) $ A=(\v _i \bullet \v _j)_{i,j} $ を考えて、 $ \mathbbm w_i$ として正規直交化したあとのものを採用すると、 $ \v _*$, $ \mathbbm w_*$ は広義三角行列 $ Q$ で結ばれて、内積の関係により、 $ {}^tQ A Q=E $. 別の言い方をすると、正規直交基底 $ \mathbbm w_*$ による座標系を採用すれば、 $ V$ の内積は標準的な内積と一致する。


$ V$ が計量ベクトル空間、$ U$ が有限次ベクトル空間のとき、 $ \u _1,\dots,\u _k$$ U$ の正規直交基底に採ると、 $ P\mathbbm w=\mathbbm w^!=(\sum_{i=1}^k (\mathbbm w,\u _i) \u _i) $$ U$ の元であって、 $ \mathbbm w^\perp=\mathbbm w-P\mathbbm w$$ U^\perp$ の元、 $ \mathbbm w=\mathbbm w^!+ \mathbbm w^\perp
$ と分解できるのであった。$ P$$ U$ への直交射影と呼ばれる。


以下では、標準的な内積を用いる。

補題 5.1   $ n\times r$ 行列 $ T$ に対して、 $ {}^t T T=E_r$ $ {\Leftrightarrow}$ $ T$ の列ベクトルは正規直交系。

正方行列 $ T$ に対して、 $ T$ の列ベクトルが正規直交系をなすとき、 $ T$ を直交行列と呼ぶ。

補題 5.2   $ n$ 次正方行列 $ T$ に対して、次は同値である。
  1. $ T$ は直交行列
  2. $ {}^t T T=E_n$
  3. $ T {}^t T=E_n$

補題 5.3   $ n\times n$ 行列 $ A$ に対して次は同値である。
  1. 行列 $ A$ はある $ r$ 次元部分ベクトル空間 $ U\subset$   $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$ ^n$ への直交射影に等しい。
  2. ある $ r$ 次元部分ベクトル空間 $ U\subset$   $ \mbox{${\mathbb{R}}$}$$ ^n$ の ある正規直交基底を列ベクトルとして並べた $ n\times r$ 行列 $ T$ にたいして、 $ A=T {}^t T$, $ {}^t T T=E_r$.
  3. ある $ n\times r$ 行列 $ T$ が存在して $ A=T {}^t T$, $ {}^t T T=E_r$
  4. $ A^2=A, {}^t A=A$.

前回までの「やってみよう問題」から:

ある計量ベクトル空間 $ V$ のベクトル $ (\mathbbm v_1, \mathbbm v_2, \mathbbm v_3)$ が、

$\displaystyle (\mathbbm v_i \cdot \mathbbm v_j)_{ij}=B=
\begin{pmatrix}
2 & -4 & 6 \\
-4 & 11 & -9 \\
6 & -9 & 25
\end{pmatrix}$

を満たしているとする。
  1. $ a_1 \mathbbm v_1 + a_2 \mathbbm v_2 + a_3\mathbbm v_3$ $ b_1 \mathbbm v_1 + b_2 \mathbbm v_2 + b_3\mathbbm v_3$ の 内積は

    $\displaystyle (a_1 \ a_2 \ a_3) B
\begin{pmatrix}
b_1 \\
b_2 \\
b_3
\end{pmatrix}$

    である。
  2. $ \mathbbm u_2= s \mathbbm v_1+ \mathbbm v_2$ とおくと、

    $\displaystyle \mathbbm u_2 \perp \mathbbm v_1 \ {\Leftrightarrow}\ s=2
$

  3. $ \mathbbm u_3=t_1 \mathbbm v_1 +t_2 \mathbbm v_2+\mathbbm v_3$ とおくと、

    $\displaystyle (\mathbbm u_3 \perp \mathbbm v_1$    and $\displaystyle \mathbbm u_3 \perp \mathbbm v_2 ) \ {\Leftrightarrow}
(t_1,t_2)=(-5,-1)
$

  4. $ Q=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & -5 \\
0 & 1 & -1 \\
0 & 0 & 1
\end{pmatrix}$ とおくと、 $ {}^t Q B Q$ は対角行列である。 実際、

    $\displaystyle {}^t Q B Q=
\begin{pmatrix}
2 & 0 & 0 \\
0 & 3 & 0 \\
0 & 0 & 4
\end{pmatrix}$

前回までのやってみよう問題では、上の $ B$ の代わりに

$\displaystyle A=
\begin{pmatrix}
2 & -4 & 6 \\
-4 & 6 & -14 \\
6 & -14 & 19
\end{pmatrix}$

を使ってしまっていましたが、これでは

$\displaystyle {}^t Q B Q=
\begin{pmatrix}
2 & 0 & 0 \\
0 & -2 & 0 \\
0 & 0 & 4
\end{pmatrix}$

となって、内積の正値性が満たされないのでまずかったです。

$\displaystyle (-5 \v _1 -\v _2+\v _3)
\cdot
(-5 \v _1 -\v _2+\v _3) =-2 <0
$

となってしまいます。 不備をお詫び申し上げます。

(ただし、本講義の本題からははずれますが、 このような「長さの二乗にあたるものが 負であるようなベクトルを考えに入れる必要のある系 (不定計量のベクトル空間)」も現代では相対論を始め色々なところで 出てくる興味深いものではあります。)