研究テーマは現象を記述する幾何的数理モデルの構築とその基礎的研究です.
具体的には, 結び目・絡み目, 準結晶, 生理活性分子, 生物の細胞といったものを扱っています.特に,パターン形成を記述する数理モデルに興味を持っています.日常見られるひもの結び目や絡み目は生物のDNAやRNAの数理モデルのひとつと言えます.準結晶という物質はごく最近発見されました.その数理モデルはタイリングと呼ばれる壁紙模様のように見えるある種のパターンです.医薬品や健康食品などの生体に作用する生理活性分子はそれのもつ立体構造が重要ですが,その立体構造も数理モデルで表すことができます.それらの物質に限らず様々な現象を記述する幾何的数理モデルを構築して,数学(特に幾何学)を用いて調べてゆきたいと考えています.
専門分野でいうと,トポロジー,結び目理論,それから分野への分類不能な境界領域,複合領域の数学です.
ここでは,準結晶構造の数学について紹介したいと思います.
まずは,準結晶構造(準周期的タイル貼り)について簡単に解説します.
1982年にD.Shechtmanらにより発見(出版 1984年)されたAl-Mn 合金の電子線回折中の5回対称性を示す回折点の存在は,固体物理学の世界に大きな衝撃を与えました.
そもそも,結晶学(もちろん,数学的結晶学も)は平行移動対称性を前提として発展してきました.
平行移動対称性は別名,周期性とも呼ばれます.
そして,この前提の下,許される回転対称性は,2,3,4,6 のものに限られるので,5回対称性など存在し得ないものだったのです.
すなわち,準結晶と呼ばれるようになった新しく発見されたのは非周期的な物質です.
そしてこの構造を与える数学的モデルとして,R.Penroseがすでに1970年代初頭に考案していたPenrose tiling が注目を集めました.
まず,tiling についての幾つかの定義を簡単に述べることにします.
Rm をm 次元 Euclid 空間とします.
内部では互いに重なることがなく, しかも隙間なく
Rm 全体を覆うような閉集合の族をm次元の tiling といいます.
また,これらの閉集合を tile と呼びます.
2つの tiling T1 , T2 が affine transformation によって T1 と T2 が一致するとき, T1 と T2 は合同であるといいます.
この合同を与える変換を isometry といい,
その全体からなる対称群が少なくとも m 個の線形独立なベクトルによる平行移動を許すとき,その tiling は周期的であるといいます.
Tiling は,
(1) 周期的な(periodic) tiling,
(2) ある方向には平行移動対称性をもつ tiling,
(3) まったく平行移動対称性をもたない,すなわち,非周期的な(aperiodic)
tiling
の3つのタイプの tiling に分けられることになります.
aperiodic tiling の有名な例として最初にも述べた「 Penrose tiling 」をあげましょう.
5回対称性をもつPenrose tiling
その aperiodic tiling を構成する方法として射影法と呼ばれる方法に注目することにします.
この射影法は高次元の周期構造から低次元の非周期構造を作り出すという秀逸なアイデアによるもので,
従来の(数学的)結晶学の概念を拡張するものです.
まず,射影法のもっとも簡単なものとして2次元正方格子から,1次元 aperiodic tiling を得る方法について述べましょう.
L : Rn の lattice
E : Rn の m次元部分空間
E ┴ : Eの直交補空間
と定義し,射影法によってm 次元 Euclid 空間 E = Rm の上に m 次元の tiling が得られます.
射影法のイメージ
注意:上で使った"Penrose tiling" と "射影法のイメージ"の画像はGeometryCenter(QuasiTilerのページ)からのものです.