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: 参考文献 : : Cuntz


リー環の普遍包絡環

$ \C $ 上の半単純 Lie 環 $ \gee $ を考えよう。 普遍包絡環 $ \mathfrak{U} (\gee )$ が定義される。この環に対して 我々の議論を適用したい。

まず $ \gee $ はカルタン行列による表示をもつ。

THEOREM 4.6 (Serre)   $ \C $ 上の半単純 Lie 環 $ \gee $ は、次のような関係式を持つ生成元 $ \{ x_i,y_i,h_i \vert 1\leq i \leq \ell\}$ で生成される。 (記号等 Lie 環論におなじみの記号であるから ここでは説明を省く。 詳しくは[2]の18.1を参照のこと。 )
  1. $ [h_i h_j]=0$
  2. $ [x_i y_i]=h_i,\quad [x_i y_j]=0$    if $ i\neq j.$
  3. $ [h_k x_j]=\langle \alpha_j,\alpha_i\rangle x_j, \quad
[h_i y_j]=-\langle \alpha_j , \alpha_i\rangle y_j,$
  4. $ (\ad x_i)^{-\langle \alpha_j,\alpha_i \rangle +1}(x_j)=0$
  5. $ (\ad y_i)^{-\langle \alpha_j,\alpha_i \rangle +1}(x_j)=0$

そこで、$ \gee $ の生成元としてこの $ \{x_i,y_i,h_i\}$ を採用し、

$\displaystyle \gee _\Q =\Q \langle \{x_i,y_i,h_i\}\rangle
$

とおこう。 話が $ \Q $ 上にまで落ちたことになって、 十分大きな素数 $ p$ について $ \F _p$ 上におとすという われわれの手法が使えるようになる。 (以下では幾つかのベクトル空間 $ V$ についてその係数環を $ \Q $$ \F _p$ に変えたものを考えて、suffix でもって $ V_{\Q },V_{\F _p}$ 等と これをあらわすことにする。これらはもちろん生成元に依存している。)

以下の所論には $ \gee $ のもう少し詳しい情報が必要である。

    $\displaystyle \mathfrak{h}=\C \langle \{h_i\} \rangle,\quad \mathfrak{n}_+=\C \langle \{x_i\} \rangle ,\quad \mathfrak{n}_-=\C \langle \{y_i\} \rangle$

とおくと、

$\displaystyle \gee =\mathfrak{h}\oplus \mathfrak{n}_+ \oplus \mathfrak{n}_-
$

と書ける(三角分解)。 $ \mathfrak{h}$ の基底としては $ \{h_i\}$ が採れる。 $ \mathfrak{n}_{+}$ (順に $ \mathfrak{n}_{-}$) の基底としては $ \{x_i\}$ (順に $ \{y_i\}$ ) の単項式が選べるから、そうする。それによって、

$\displaystyle \gee _\Q =\mathfrak{h}_{\Q } \oplus \mathfrak{n}_{+\Q } \oplus \mathfrak{n}_{- \Q }
$

とそれらの $ \Q $-基底が得られる。以下の便宜のため、 $ \mathfrak{n}_+\oplus \mathfrak{n}_-$ の上述の意味の基底を $ \{n_1,n_2\dots, n_s\}$ と書くことにする。各 $ n_i$$ \ad $-nilpotent である。

これらのデータを標数 $ p>0$ の世界に落とそう。$ \Q $ からはじめたわけだから落とした体としては $ \F _p$ で十分であるわけだが、フロベニウス写像の作用を詳細に見るために ここでは標数 $ p$ の体 $ k$ を考えて、$ \gee _k$ について考察する。

標数 $ p$ の世界では、restricted Lie 環の概念が存在する[3]。 正標数の半単純 Lie 環は restricted Lie 環の代表例である。 Lie 環の一般論をここで繰り広げるわけにはいかぬだろうから、 無理矢理に次のようにまとめておこう。

THEOREM 4.7   正標数の体 $ k$ 上の半単純 Lie 環 $ \gee _k$ の Killing form は非退化であって、 任意の $ A\in \gee _k$ にたいして、

$\displaystyle \ad (A)^p(B)=[A^{[p]},B] \qquad (\forall B \in \gee _k)
$

をみたす $ A^{[p]}\in \gee _k$ が唯一つ存在する。普遍包絡環の中で言えば、 このことは、

$\displaystyle [A^p,B]=[A^{[p]},B] \qquad (\forall B \in \gee _k)
$

を意味する。

$ \qedsymbol$

今の場合、 $ p$$ \gee $ の構造定数(や分母に現れる数) よりも十分大きいという仮定のもとで、

$\displaystyle h_i^{[p]}=h_i \quad (i=1,\dots,\ell), \qquad n_j^{[p]}=0 \quad (j=1,\dots,s)
$

がわかる。したがって、普遍包絡環には

(*) $\displaystyle h_i^p- h_i \quad (i=1,\dots,\ell),\qquad n_j^p \quad (j=1,\dots,s)$

なる中心元があることがわかる。

注意

普遍包絡環にはもっとたくさん中心元がある。casimir 作用素はその 代表的なものであるし、一般的に、標数 0 の半単純リー環 $ \gee $ の ランク(Cartan sub algebra の次数)を $ r$ とすると、 $ \gee $ の普遍包絡環の中心 $ \mathfrak{Z}$$ r$ 変数の多項式環である。 (記号 $ \mathfrak{Z}$ は[2] の 23.3 の証明のところのものと 同一である。そこの所論と、Coxeter 群の一般論を用いれば $ \mathfrak{Z}$ が 多項式環であることがわかる。) したがって、 $ \mathfrak{Z}$ の元を modulo $ p$ に落としたものが $ \gee _k$ のほうにも出てくることになる。

Poincare-Birkoff-Witt の定理により、(*)の元は $ k$ 上独立である。 したがって、(*)で生成される可換環

$\displaystyle R_k=k[\{
h_i^p- h_i \quad (i=1,\dots,\ell),\qquad n_j^p \quad (j=1,\dots, s)
\} ]
$

は多項式環であることがわかる。 そして $ \mathfrak{U}(\gee _{k})$ はこの多項式環 上の有限生成自由加群と見ることができる。

$ R_k$ は生成元の取り方に依存していそうに見えるが実はそうではない。 このことを見るために、 $ \gee _k$ から $ \mathfrak{U}(\gee _k)$ への 写像 $ \varphi$

$\displaystyle \varphi(x)= x^p - x^{[p]}
$

で定義しよう。restricted Lie 環の定義から、簡単に 次の補題を示すことができる。

LEMMA 4.8   $ \varphi$$ p$-semilinear である。 すなわち、

$\displaystyle \varphi(c_1 x_1 +c_2 x_2)=c_1^p \varphi(x_1) +c_2^p \varphi(x_2)
\qquad c_1,c_2 \in k , x_1,x_2 \in \gee _k
$

である。

PROOF.. 実際、

      $\displaystyle (X+Y)^p=X^p+Y^p+\sum_{i=1}^{p-1} s_i(X,Y)$
      $\displaystyle (X+Y)^{[p]}=X^{[p]}+Y^{[p]}+\sum_{i=1}^{p-1} s_i(X,Y)$

が成り立つからである。 記号を含めた詳細は [4] の V章を参照のこと。そこの記号でいうと、 一番目の式は (63)式。 二番目の式は $ a^{[p]}$ の 定義 definition 4.1(ii)である。 $ \qedsymbol$

$ R_k$$ \varphi$ の像で生成される 可換環である。上記 Poincare-Birkoff-Witt の定理による議論は、$ \varphi$ が単射であることを示している。 とくに、 $ \Spec (R_k) $$ \gee $ のベクトル空間としての双対空間 $ \gee ^*$ (を Frobenius 写像によってひねったもの)と標準的に同型である。

$ \mathfrak{U}(\gee _{\F _p})$ はその上の $ \mathcal O$-coherent な algebra sheaf であって、 $ \mathcal O$-加群としては locally free である。 標準ファイバーは [3] で「 $ \gee $ の u-algebra」と呼ばれているもの になる。

こうして、 $ \mathfrak{U} (\gee )$ には $ \gee ^*$ が対応するという、 表面上は至極当然な結論にたどり着く。 ただし、上述のalgebra sheaf の存在など、 面白い構造が更につけ加わっているとことが興味深い。

後記: この小節の内容はオリジナルではあるが、実は math.RT/0401002 などに同様の記述があることがあとでわかった。 (京大の望月拓郎先生の御指摘による。)

    $\displaystyle \phantom{OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO}$ 780-8520 高知市曙町 2-5-1
      高知大学理学部 数理情報科学科数理科学コース
      e-mail: docky@math.kochi-u.ac.jp

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: 参考文献 : : Cuntz
平成17年5月17日